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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)4006号 決定

申請人 大森新治郎

被申請人 国

主文

被申請人は、申請人に対し金五四、〇〇〇円および昭和三二年一一月以降毎月一〇日限り金一八、〇〇〇円あての支払をせよ。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一申請の趣旨

申請人は

「被申請人は、申請人に対し昭和三一年八月三日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する。

被申請人は、申請人に対し昭和三一年八月四日以降月二万四百二十円を毎月一〇日仮に支払え。」

との仮処分命令を求めた。

第二当事者間争ない事実

申請人が昭和二五年一一月六日被申請人に雇用され、米駐留軍フインカム基地第二七一〇エアー・ベース・ウイング・ベース・モーター・プールの自動車運転手として勤務していたところ、被申請人から昭和三一年四月一三日日本国政府とアメリカ合衆国政府との間に昭和二六年七月一日締結された「日本人およびその他の日本国在住者の役務に対する基本契約」第七条、同附属協定第六九号第一条a項第三号に該当するものとして出勤停止の措置を受け、次いで昭和三一年八月三日解雇の意思表示を受けたことは当事者間争ない。

第三申請人の組合経歴

申請人は昭和二六年九月全駐留軍労働組合東京地区本部フインカム支部(現在の名称、以下組合という。)に加入し、以来前記出勤停止を受けるまで同組合執行委員を続けた。

なお、申請人は昭和二七年度は同組合の厚生部員、昭和二八年度は同厚生部副部長、昭和二九年度は同組合の東京地区本部委員、昭和三〇年度は組合苦情処理対策部員を勤めた。

第四申請人の組合活動とこれらに対する軍側の認識

疎明によれば、次の事実が認められる。

一  組織活動

申請人は、昭和二五年一一月入職以来前記モータープールから同基地コンメス(兵員食堂)へ専属の自動車運転手として派遣されていたが、昭和二六年九月頃同モータープールおよびコンメス勤務の駐留軍労務者の中では、最初に組合に加入し、右各職場内従業員に対して組合加入を勧誘しその結果コンメス従業員長塚勝正、今野貞美、平野慎一等を加入させ、同人等の協力等もあつて、コンメスにおいては昭和二八年八月には全従業員約一八〇名のうち約一三〇名が組合に加入するに至つた。

モータープールにおいても申請人等の組織活動により昭和二九年頃までに約一〇〇名が組合に加入するに至つた。

申請人は、昭和二八年八月顧問としてコンメスにおける人事管理の責任者である宋国佑より職場内に組合加入の申込用紙を持ち込んだ者は申請人であると考えられ、今後は他職場の者がコンメスへ来て組合活動をしては困るという注意を受けた。

二  ストライキにおける申請人の行動等

(一)  申請人は昭和二八年八月一一日フインカム支部人員整理反対のストライキ同月一二、三日の日米労務基本契約改訂のストライキがあつたときは、第二ゲートのピケ隊の隊長をし、その状況を軍側より撮影された。

また右ストライキの直前の同月一〇日軍側においてコンメス従業員が勤務を終つても帰宅を許さなかつたのを、申請人が組合執行部へ連絡したところ、組合三役による交渉の結果従業員の帰宅が許されたことがあつた。

この結果軍側はコンメス職場内に有力な組合活動家がいるものと考え、右ストライキの直後コンメスの隊長ウイッテル大尉はコンメス勤務の米人軍曹に対し「レーバーユニオン」の班長は誰かと尋ねて申請人であるとの返答を得たので、申請人に対し「この次にストライキに参加したり、ストライキを煽動したりすればお前は首だ」といつたが、申請人は同隊長に対し「自分の首は筋金入りだから、切れるものでない」と答えた。

またこのストライキの直後よりコンメスにおける休憩時間中の組合活動を禁止されたので、申請人と今野貞美とがウイッテル大尉に禁止の解除を求めて交渉した。

その際今野貞美は、同大尉より「従業員に対する待遇は十分であり、組合活動をする必要はない。」といわれた。

(二)  申請人は昭和二九年九月一四日全駐労の行つた全国ストライキの直前前記ウイッテル大尉より「今度ストライキに参加した場合は、お前は首である。」といわれたが、このストライキに参加し、同基地第三ゲートのピケ隊長を勤めた。

(三)  コンメスの隊長ウイッテル大尉の後任であるマコーミック大尉からも申請人は「レーバーユニオンの班長」と称され、組合活動家と目されていた。

第五申請人が出勤停止になつた当時コンメスにおける組合活動の状況

疎明によれば次の諸事実が認められる。

昭和三〇年暮コンメス同様マコーミック大尉の指導下にあつたN・C・Oメスへコンメスより約一二、三名の組合員が配置転換された。

当時N・C・Oメスには組合員がなかつたので、申請人と今野貞美が中心となつて、右配置転換された組合員がN・C・Oメスの従業員に組合加入を働きかけることに決定し、これに基き右配置転換された組合員がN・C・Oメスの従業員に組合加入を勧誘した。

この勧誘により積極的に動いたN・C・Oメス従業員佐々木けい子が昭和三一年春休憩時間中に組合加入を勧誘したことを理由にマコーミック大尉より戒告処分を受け、今後組合加入を勧誘するなら辞めて貰いたいといわれたため、結局自発的に退職せざるを得ない結果となつた。

またその頃、組合は軍の割当に従つて有給休暇をとるようにとの軍の方針に反対し、コンメスよりN・C・Oメスへ配置転換された組合員で有給休暇をとるよう指名された者が休暇をとらずに出勤したが、これらの組合員が有給休暇強制反対のため、休暇日に出勤するにつれ、順次明確な理由を示されることもなく再度コンメスへ配置転換された。

その頃職場大会においてN・C・Oメスにおける右配置転換は不当労働行為であるから反対闘争すべきであるとの決議がなされ、申請人は支部執行委員会において、右配置転換について労働委員会に救済を申し立てるよう努力した。

その直後昭和三一年四月九日今野貞美(当時コンメス選出の執行委員)、次いで同月一三日申請人がそれぞれ出勤停止処分を受けた。

第六解雇理由の不存在

被申請人は、申請人が日米労務基本契約の附属協定第六九号第一条a項第三号(同項第一号記載の活動(作業妨害行為、諜報、軍機保護のための規則違反またはそのための企画若しくは準備をすること)に従事する者又は同項第二号記載の団体若しくは会(合衆国側の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的に、かつ、反覆的に採用し、若しくは支持する破壊的団体又は会)の構成員と合衆国側の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的にあるいは密接に連けいすること)に該当するが故に解雇されたと主張するが、申請人が右第三号に該当する事実があると認めるに足りる疎明はない。

なお、本件のような保安解雇については、現地部隊は所轄労務管理事務所長の意見を求めて上級部隊に解雇要求の申請をし、同部隊は調達庁長官の意見を求めて、右申請を、空軍関係であれば、極東米空軍司令官に提出し、同司令官は、その諮問機関である保安審査委員会(大佐、中佐級の軍人、軍属数人で構成されている。)の調査に基く意見と関係幕僚機関の意見を求めた上保安基準該当の有無を決定する手続になつていることが認められるが、かかる手続を経たという一事から、当然申請人に前記第三号の規定に該当する事実があると推認するのが相当であるとはいえないし、申請人が前記第三号の規定に該当する具体的事実を被申請人において主張、立証するところがない以上申請人に前記規定に該当する事実があつたものと認定することはできない。

従つて、申請人には、前記解雇の理由となつたような事情はなかつたものという外はない。

第七不当労働行為の成立

前記認定の申請人の組合経歴、組合活動、申請人が今野貞美と相次いで出勤停止となつた当時のコンメス職場における組合活動の状況および申請人には被申請人の主張するような保安上の理由のないことを合わせ考えてみると、申請人に対する解雇は、表面軍の保安を理由としているが、その実質上の理由は、申請人がコンメス職場における組合活動の中心的人物として各種組合活動をして来たことを嫌悪したことによるもの、ないしは申請人のような組合活動家を排除することによつて、コンメス職場における組合活動の萎縮を狙つたものと認める外はない。

被申請人は、本件のような保安解雇は当該労務者が合衆国政府の利益に反するとの米軍契約担当官の判断に委ねられ、しかもその判断は最終的のもので、事柄の性質上すべて米軍の主観的判断に委ねられているのであるから、米軍において保安上の必要があると判断したことに基く本件解雇は申請人の組合活動とは何等関係がないと主張する。

しかし、申請人が前記保安基準に該当する具体的事実の主張、立証もなく、申請人に対する解雇が保安上の必要に藉口してなされたものでないと認めるに足りる具体的事情についても十分な主張、立証のない本件においては、前認定のとおり認めるのが相当である。

また被申請人は、申請人の主張する組合内の指導的役割ないし指導的活動自体が他の指導的立場にあつた組合員からきわ立つて注目を引く程の活動でもなかつたと主張する。

疎明によれば、駐留軍労務者の組合活動の基礎は、結局職場を単位とする団結にあつて、例えば、申請人はベース・モーター・プールに籍があるが、同職場内の組合活動よりも、毎日専属的に派遣されるコンメス職場内の組合活動の方が多く、かつ、前記認定のようにコンメスにおける組合活動によつて米軍側に注目されていたし、またコンメスにおける組合活動も全国的ストライキの様な場合は別として、職場内における休憩時間中の組合活動を許して貰いたいなどの日常の職場内の活動が中心となつていたものと認められる。

そして、前記認定のようにこのコンメス職場内の目立つた組合活動家は、申請人と今野貞美の両名であり、この両名が職場員において前記認定のN・C・Oメスの配置転換の不当なことを大会を開いて決議し、支部執行委員会がこの問題をとり上げようとした直後相次いで出勤停止ないし解雇となつた状況から見て、かかる出勤停止ないしこれに基く解雇の意図は、前記認定のとおり不当労働行為の意図であつたと認定するのが相当であり、他に右認定をくつがえすに足りる疎明はない。

以上のとおり、申請人に対する解雇の意思表示は不当労働行為として無効であるから、申請人は依然駐留軍要員として国と雇用関係にあるものというべきであり、また被申請人は、申請人に対し労務の受領を拒否していたのであるから、申請人は被申請人に対し給料請求権を有するものといわなければならない。

第八仮処分の必要性

申請人が解雇前被申請人から基本給月二〇、四二〇円の支給を受けていたことは当事者間争なく、疎明によれば、申請人は右基本給の外家族手当、時間外手当、有給休暇返上手当などの支給を受け、基本給と合計して月二五、〇〇〇円程度の支給を受けていたことが認められる。

疎明によれば、申請人は昭和二三年ソ連より引揚げた帰国者であること、被申請人は解雇されたのち昭和三二年二月頃までは失業保険などで生活していたこと、その後は臨時的な職を得たこともあつたが、同年八月以降は無職であること、申請人は病弱な妻と九歳の子供をかかえていることが認められる。

以上の諸点から、当裁判所は、主文第一項の仮処分をしなければ申請人の生活が危殆に瀕するものと認め、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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